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静岡地方裁判所 平成4年(ワ)164号 判決

原告

甲野太郎

外二名

右両名法定代理人親権者父

甲野太郎

原告ら訴訟代理人弁護士

阿部浩基

佐藤久

伊藤博史

大多和暁

被告

清水市

右代表者市長

宮城島弘正

右訴訟代理人弁護士

牧田静二

右訴訟復代理人弁護士

石割誠

祖父江史和

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告は、原告甲野太郎に対し二一〇九万八五〇五円、同甲野一子に対し一三〇四万九二五二円、同甲野次子に対し一三〇四万九二五二円及びこれらに対する平成四年四月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、甲野花子が、被告の設置する清水市立病院において乳ガン及び大腸ガンの各手術を受け、死亡したのは、同病院が抗ガン剤マイトマイシンCを連続投与するにあたり、あらかじめ血液検査をしなかった過失があったためである等として、甲野花子の相続人である原告らが、被告に対し、診療契約上の債務不履行に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実(争いのある事実は、証拠(乙一、二、二七、二八、被告小坂昭夫【第一回】)及び弁論の全趣旨により認められる。)

1  当事者

被告は、清水市宮加三〈番地略〉において清水市立病院(以下「本件病院」という。)を設置、経営する地方公共団体であり、小坂昭夫(以下「小坂医師」という。)は、同病院に勤務する医師で、甲野花子の主治医であった。

甲野花子(以下「亡花子」という。)は、平成元年五月二九日、同病院に入院し、同年九月一九日同病院において満三七歳で死亡した。

原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、亡花子の夫、同甲野一子及び同甲野次子は、亡花子の子である。

2  亡花子の治療経過等

(一) 診療契約の締結と乳ガン手術

亡花子は、平成元年五月二三日、右乳房のしこりを主訴に、本件病院を受診し、被告との間で診療契約を締結した。

同月二四日、小坂医師が、亡花子に対し、超音波検査を実施したところ、悪性腫瘍の疑いがあったので、同月二六日、生検(人体から組織の小切片を切りとって、病理学的に調べること。)を実施し、同日、硬性ガンであると診断された。亡花子は、同月二九日、同病院に入院した。右生検の結果は、浸潤性の腺管ガンであり、硬ガンの形式で周囲の間質へ浸潤しているとの所見であった。乳ガンの進行度は、第二期であった。なお、第二期の乳ガン患者の手術後五年の生存率は四〇パーセントである(甲二〇の二)。

小坂医師は、同年六月五日、亡花子に対し、乳頭温存胸筋神経温存非定型的乳ガン根治術(以下、乳ガン手術」という。)を施行した。右術式は、腫瘤上の皮膚を含めた部分的乳房切除と残部乳腺の全切除を行い、これに加え、腋窩郭清(リンパ節の切除)を行うものであった。右切除部の生検では、ガンは、すでにリンパ節に転移していたが、切除されていた。

同医師は、亡花子に対し、右手術後である同月六日に抗ガン剤アドリアマイシン(以下「アドリアマイシン」という。)一〇ミリグラムを、同月一九日から同年八月一五日まで連日、抗ガン剤フルオロウラシル(以下「5FU」という。)二〇〇ミリグラムをそれぞれ投与した。さらに、右手術後三、四日目から亡花子の手術箇所に脂肪壊死が見られたため、創面を切除する手術を行うことにし、同年七月五日、その皮膚欠損部に下腹部の皮膚を移植した。

(二) 大腸ガン手術

同医師は、同年七月二四日、亡花子が下血を訴えたため、回診時に直腸の触診をしたところ、肛門から約三センチメートルの位置にピンポン大のボールマンⅡ型様の腫瘤を見つけ、触診してみるとすぐに出血するものであったため、同月二六日、生検を行い、同日、原告太郎に対して、大腸にできた腫瘤は、易出血性のガンである可能性が高いこと、乳ガンと全く種類の違うガンができており、同時性重複ガン(全く種類の異なるガンが同時期に発生するもの。)と考えられること、手術しなければ、三か月で転移することなどを説明した。

同年八月三日、右生検の結果、直腸の腫瘤は、中等度分化型腺ガンで、繊維化した間質を伴った浸潤性腺ガンであると判明した。そこで、小坂医師は、同日、亡花子の新たなガンは、直腸ガン及び同時性重複ガンであると診断した。

なお、ボールマンⅡ型とは、大腸ガンの腫瘍の形態についての分類の一つであり、大腸ガンは六種類に分類されているが、右Ⅱ型は、そのうち限局潰瘍型のガンであり、手術後五年の生存率は四〇パーセントである(甲二〇の二)。本件は、同時性重複ガンであったから、手術後の生存率はさらに低下することになる。

小坂医師は、同月一五日、亡花子及び原告太郎に対して、翌日に予定されている大腸ガン手術に関し説明し、亡花子が同時に卵管結束をするとの希望を持っていたので、乳ガンに対しては女性ホルモンを下げる意味で卵巣摘出手術の方がよいと勧めたところ、亡花子が卵巣摘出の方を希望したため、同月一六日、大腸ガン及び卵巣をそれぞれ摘出する手術を行った。切除部位の手術後の病理組織検査の結果によると、右ガンは、中分化型腺ガンで広範囲潰瘍型であるが、卵巣、膣壁、リンパ節には転移していなかった。

同医師は、右手術の翌日である同月一七日、亡花子に対し、抗ガン剤マイトマイシンC(以下「マイトマイシン」という。)を一〇ミリグラム投与し、同月二一日まで、連日、血液検査を施行した。

亡花子は、同月二〇日ころから、吐き気を訴えることがあったが、同月二一日には、飲水を、同月二三日には、流動食を開始した。

小坂医師は、さらに、同月二四日にも、亡花子に対し、再び右マイトマイシンを一〇ミリグラム投与した(以下「本件投与」という。)。

(三) 手術後の経過と亡花子の死亡

亡花子は、同月二六日、三分がゆを食べるようになり、同月二八日には、正常な歩行でトイレまで行けるようになったが、他方で血尿を出したため、小坂医師は、同日、血液検査を施行したところ、亡花子の白血球数は、一マイクロリットル中一三〇〇個、血小板数は同三万三〇〇〇個(以下、単位は省略する。)に低下していた。このため、同医師は、亡花子の骨髄機能抑制を疑い、同月二九日及び三〇日に連日濃厚赤血球二パックの輸血を行った。そして、同月三一日には、白血球数が二〇〇〇、血小板数が一万九〇〇〇となったため、小坂医師は、同日及び翌九月一日に、濃厚血小板三〇パック及び新鮮血二パックをそれぞれ輸血し、さらに、同月五日から同月一一日まで濃厚血小板三〇パックを続けて輸血した。しかし、亡花子の血小板数は、輸血後に一時的に上昇するが、二、三日経つと減少するという状態を繰り返した。

小坂医師は、同年九月八日のエコー検査で、亡花子に脾臓腫大及び腹水症、肝臓肥大を認め、同月一二日には、著しい腹部膨満及び腹水、胸水を認めた。同日トータルビルビリン値も肝機能障害の進行を示していた。亡花子は、同月一五日には、肝不全、黄疸等が著明となり、同月一九日、死亡した。

(四) 亡花子の血小板数及び白血球数

同医師が、亡花子の入院中施行した血液検査の結果のうち、血小板数及び白血球数の推移は別表1のとおりである。

なお、亡花子は、昭和六三年三月に左股亜脱臼障害にて、本件病院に入院し、同月一五日、整形外科手術を受けているが、そのときの白血球数は、同月七日、四一〇〇(好中球数は二七八八)であり、白血球数はもともと平均より低かった。

二  争点

1  あらかじめ血液検査をせずに本件投与を行った過失の有無(争点1)

2  抗ガン剤投与についての説明義務違反の有無(争点2)

3  因果関係(争点3)

4  損害(争点4)

三  争点についての当事者の主張

1  あらかじめ血液検査をせずに本件投与を行った過失の有無(争点1)

(原告ら)

(一) マイトマイシンには、その添付文書(効能書)にあるとおり、骨髄機能抑制等の重篤な副作用があるから、医師は、投与にあたり頻回の臨床検査(血液及び肝機能、腎機能検査等)を行うべき注意義務があり、血小板数が七万以下になったときにはその投与につき注意をし、更に血小板数が五万以下(出血傾向が見られる)又は白血球数三〇〇〇以下になったときには、直ちにその投与を中止すべきである。

本件で、亡花子は、従前、血小板数が一三万を下ることはなかったところ、乳ガン手術ののちアドリアマイシン及び5FUの投与により、平成元年八月一六日までに血小板数が九万二〇〇〇、白血球数が二九〇〇まで減少した。同日の大腸ガンの手術の後には、輸血により一旦、血小板数が一一万、白血球数が六六〇〇にまでに上昇したものの、同月一七日に行われたマイトマイシン一〇ミリグラムの投与により、同月二一日には、血小板数が七万八〇〇〇、白血球数が四三〇〇と急激に減少した。ところで、マイトマイシンには、骨髄機能抑制により白血球数及び血小板数が極小値になるまで投与後三ないし四週間かかるという特性があるが、右のとおり、亡花子には、アドリアマイシン及び5FUの副作用である骨髄機能抑制が潜在的に存在し、二一日の検査の時点で(投与五日目)、一七日に投与したマイトマイシンの影響が出て血小板数、白血球数がともに急激に減少していたから、今後、亡花子の血小板数等が低下し続け、八月二四日の本件投与時には、投与中止の値にまでなっていることは容易に予想された。したがって、小坂医師がこれを予想して右同日に血液検査を行っていれば、血小板数等の数値が本件投与を中止すべき状態にまで減少していたことは容易に確認できたはずであるのにこれを怠り、亡花子の右同日における右数値を確認しないまま漫然と本件投与を実施したことにより、同年八月一七日に投与されたマイトマイシンの毒性により既に肝静脈閉塞病(薬物あるいは骨髄移植などが原因で肝中心静脈及び小葉下静脈に非血栓性閉塞を来し、黄疸、右上腹部痛、肝腫大、腹水貯留などの症状を急激に発症する疾患。重症例では肝不全状態で死亡する。以下「VOD」という。)に罹患していた亡花子は、右追加投与の影響で、右症状が助長され、VODを発症して死亡した。

(二) マイトマイシンを投与された患者がその副作用によりVODを発症して死亡することがあることは、本件投与当時、文献で症例が報告されていたから、小坂医師がこれを予見することは十分可能であった。

仮に、右予見が不可能であったとしても、小坂医師は、右のとおり、亡花子がマイトマイシンの副作用(骨髄機能抑制)により死亡することを予見できたにもかかわらず、マイトマイシンを投与し、亡花子をマイトマイシンの副作用(VOD)によって死亡させたのであるから、被告に対し過失責任を問うことができる。

(被告)

(一) 一般に血小板数が五万以下又は白血球数が三〇〇〇以下になったときにマイトマイシンの投与を中止すべき義務があるとの主張は争う。

また、原告らは、亡花子には5FUによる骨髄機能抑制が潜在的に存在していたというが、5FUが血小板減少をきたすことはまれである。

(二) 原告らは、平成元年八月二一日ころ、亡花子の血小板数が急激に減少しており、今後、血小板数の低下が容易に予想されたので、本件投与前に血液検査をして、血小板数を確認すべきであったと主張する。

しかし、一般的に血小板数の変動範囲は広く、血小板数の値が九万から七万八〇〇〇になったことをもって急激な減少と捉えることは医学的には正確ではなく、この値は、境界域又は軽微な副作用に該当するものであり、マイトマイシン投与の適応ということができる。

また、手術に伴う出血量、輸血の有無など術後の血小板数の変動とは密接な関係があり、一般的に術後の血小板数は、手術に伴う出血による喪失や創傷部での消費により、通常、術後二ないし三日目頃まで低下を認めることが多い。そして、骨髄における血小板産生の亢進に伴い、術後約一週間後には、術前値又はそれ以上に回復するといわれており、亡花子の血小板数の低下は、術後の変動とも評価しうるものであった。

さらに、原告らは、亡花子の白血球数が急激に減少したと主張し、確かに、同女の白血球数を見ると別表2の日本ガン治療学会の固形ガン化学療法効果増強の判定基準の中の副作用の判定基準グレード1に該当するように見えるが、感染症と密接に相関する好中球数の増減に重点を置くならば、亡花子の白血球数(好中球数)は、この判定基準を満たさず、正常の範囲内で推移していたといことができる。

本件において、亡花子は、術後の血小板数が、術後二日目、七万七〇〇〇、術後三日目、七万八〇〇〇、術後五日目、七万八〇〇〇と七万台で安定し、食事摂取も始まり、投与後の観察期間においても、血尿発見までは全身状態に特に変化は認めず、術後経過は順調であった。その後は日数の経過とともに手術の外科的侵襲から体力が回復されてくることが予想されたため、当時、小坂医師は、亡花子に対する本件投与には何ら問題がないと判断したものである。

しかも、マイトマイシンの投与方法としては、①術中二〇ミリグラム若しくは術中一〇ミリグラム+術翌日一〇ミリグラム、又は、②術中一〇ミリグラム+術後七日目又は八日目一〇ミリグラムの投与が一般的であるが、小坂医師が本件で採用した方法は、②の方法であり、この方法は、一回の投与量を少なくし、かつ、投与間隔を設けた点で安全性も高く、文献上、この投与方法により骨髄機能抑制が生じたとの例は、ほとんどない。

以上の諸事情を勘案すると本件投与当時、小坂医師が亡花子の白血球数及び血小板数の急激な減少を予測することは不可能であり、同医師が、原告ら主張の血液検査をせずに本件投与を実施したことに過失はない。

その上、亡花子は、一つの体に二つのガンが発生しており、一般的に治療成績が劣悪といわれている若年性の同時性重複ガンであり、さらに、亡花子の大腸ガンは、易出血性のガンであるうえ、術中所見で、膣との癒着が認められたので、ガンの浸潤も否定できず、膣の一部の合併切除は行ったものの、術中の機械的操作によるガン散布を含め、血行性転移等により、すでに全身にガン細胞が波及している可能性が高かった。すなわち、一般に大腸ガンの進展形式としては、血行性転移がもっとも多く、以下、局所浸潤、播種、リンパ行性の順であり、リンパ節転移がないからといって全身にガン細胞が転移していないとはいえないのである。また、亡花子の大腸ガンの切除標本からも明らかなとおり、亡花子の大腸ガンは、広範囲浸潤型でかつ中等度分化腺ガンであり、このことから考えても、術中・術後の抗ガン剤による強化療法を行う必要性があった。

原告らは、亡花子がVODにより死亡したと主張するが、マイトマイシンの極めて大量の投与によるVODの発現可能性は否定できないものの、本件のように総投与量が二〇ミリグラムで発症したとの症例はない。

2  抗ガン剤投与についての説明義務違反(争点2)

(原告ら)

医師には、抗ガン剤を投与するにあたり、薬品名、抗ガン剤投与の必要性及びその副作用、抗ガン剤を投与しなかった場合の危険性、投与方法について説明する義務があり、マイトマイシンには、骨髄機能抑制による白血球数減少及び血小板数減少等の副作用があるから、小坂医師はこれを投与するにあたり、その必要性及び副作用、感染症発症の危険性等について説明する義務があった。

ところが、小坂医師は、大腸ガンの手術前に、原告太郎に対し、術後、抗ガン剤を使用すること自体の説明はしたものの、投与する抗ガン剤の名前、効能、副作用の有無・症状・程度、投与方法(時期、投与量、投与間隔、静脈注射か経口か等)について一切説明しなかった。しかも、原告太郎が副作用を尋ねたにもかかわらず、「大丈夫。ありません。」と述べるなど、副作用については虚偽の説明をした。

(被告)

一般の医療機関において、平成元年当時、手術に関係して短期かつ標準量の抗ガン剤投与を行うときに、抗ガン剤を使用すること自体は患者に伝えても、その薬品名や投与量までも患者やその家族に知らせる医療慣行等は存在しなかった。しかも、今日においてさえ、日常診療においては、投薬に際しては、当該医師の裁量により、ケースに応じた内容・程度の説明がなされているのが実情で、いちいち具体的な薬品名や投与量を告知すべき法的義務があるとは考えられない。しかし、その中で、小坂医師は、抗ガン剤を使用すること、その使用目的、使用時期、副作用について十分な説明を行っていた。

本件においても、マイトマイシンといった薬剤名をあげての説明はしていないが、平成元年七月二六日、原告太郎に対し、亡花子の病像及び治療方針等について説明し、その中で、肛門指診、内視鏡検査をした結果、ピンポン大のこぶが発見され、これはポリープかガンであり、七割は悪いものである旨、乳ガンと全く違う種類のガンができたわけで同時性重複ガンが考えられ、今後は手術療法のみならず、抗ガン剤の投与を含めた補助療法を続けて行うことが必要である旨説明した。

3  因果関係(争点3)

(一) 本件投与と亡花子の死亡について

(原告ら)

亡花子は、平成元年八月一七日に投与されたマイトマイシンの毒性によりVODに罹患し、同月二四日の本件投与によるマイトマイシンの影響により、症状が助長され死亡したものである。亡花子には、左記表の上欄記載のVODの臨床所見に対応する、同表の下欄記載の臨床所見があり、VODに罹患したのは明らかである。

① 黄疸

(総ビルビリン二ミリグラム以上)

九月一〇日以降、2.8ミリグラム以上

② 肝機能が正常値又は軽度の上昇を見る

GOT、GPT、ALPの軽度の上昇あり

③ 腹水又は体重増加

九月八日、一〇日、一二日のエコーに腹水の所見

④ 肝臓腫大と上部腹痛

九月八日、一二日のエコーに肝臓腫大の所見あり。

九月九日以降腹痛の訴えあり。

⑤ 血小板減少

マイトマイシン投与(八月一七日)後一二日目(同月二九日)に血小板減少が明らかになり、連日三〇パックの濃厚血小板輸血をしたが血小板数が回復しなかった。

(被告)

(1) 原告らは、臨床所見をもとにVODの主張をするが、単にVODと一部類似した症状を呈したからといってVODと診断することはできない。原告らの主張する臨床所見は、外科手術後の生体反応であり、

②は、術後の肝機能障害又は潜在的肝機能障害の結果である。

③は、術後の栄養不足で生じた腹水である。

④は、術後の肝内の胆汁うっ血又は潜在的肝機能障害の結果である。

⑤は、脾臓腫大による影響によるものである。亡花子は、平成元年九月八日の腹部エコー検査で脾臓腫大が認められている。

元来、VODの確定診断は、臨床診断のみではできず、肝生検を含めた病理組織診断によってなされるものであり、その病理組織の診断にしても確定診断は困難とされている。肝生検が行われていない本件において、臨床像、検査所見が似ていることをもってVODであると断定することはできない。

(2) 亡花子は、肝不全による播種性血管内凝固症候群(DIC)又は潜在的肝機能障害(C型肝炎が疑われる。)の急激な悪化により死亡したものである。

(二) 説明義務違反と亡花子の死亡について

(原告ら)

本件において、抗ガン剤の説明が十分なされていれば、亡花子又は原告太郎は、マイトマイシンの投与に同意しなかった。右両名は、小坂医師の不十分かつ誤った説明に基づいてこれらに同意し、マイトマイシンの投与により発症したVODにより、症状が悪化して死亡した。

4  損害(争点4)

(原告ら)

(一) 亡花子の逸失利益

一六七〇万七〇一〇円

原告らが相続分にしたがい相続した。

(二) 慰謝料 合計二五〇〇万円

(1) 亡花子の慰謝料 一〇〇〇万円

原告らが相続分にしたがい相続した。

(2) 原告ら固有の慰謝料

各五〇〇万円

(三) 葬儀費用 一二〇万円

原告らが相続分にしたがい負担した。

(四) 弁護士費用

合計四二九万円

第三  当裁判所の判断

一  争点1(あらかじめ血液検査をせずに本件投与を行った過失の有無について)

1  争いのない事実並びに証拠(証拠については、事実の冒頭に掲記した。)及び弁論の全趣旨により認められる大腸ガン及び抗ガン剤等についての事実

(一) 大腸ガン(乙一九、二〇、二二、二八、四二)

大腸ガンは、肉眼的には限局型で、組織学的には、高・中分化腺ガンが大部分を占め、他臓器に比較するとリンパ節転移も限局しており、手術に適したガンであるといわれている。大腸ガンの治療の第一選択は外科手術であり、全国大腸ガン登録調査(昭和六三年)によると、大腸ガンの切除率は、約九三パーセントと高率となっている。

しかし、大腸ガン治癒切除後においても直腸ガンで四〇パーセント前後は再発が見られ、その予後は不良である。そこで、再発防止を目的とした補助化学療法の研究が数多く行われており、マイトマイシンもその対象の一つとなっている。

また、ガンの進展形式には、局所進展、リンパ行性進展、血行性進展、播種性進展の四つがあり、直腸ガンでは、高分化型ガンの性質がそのまま反映して血行性進展がかなり強く、次に、直腸という場の特徴が強く作用して、リンパ行性進展、局所進展が強い。本件では、前記前提となる事実のとおり、亡花子の大腸ガンは、中分化型ガンで膣壁、卵巣、リンパ節への転移もなかったから、血行性転移発生の可能性がもっとも強いことになる。なお、この他に、手術による機械的操作により、ガン細胞が散布され、転移する可能性もある。

(二) マイトマイシンとその副作用等

(1) マイトマイシンの効能等(乙三〇、三六)

マイトマイシンは、その発見以来、胃ガンを中心に用いられ、その後、臨床での研究の成果により、消化器ガン、その他のガンの化学療法に広く用いられるようになった。その効能は、慢性リンパ性白血病及び慢性骨髄性白血病、胃ガン、結腸・直腸ガン、肺ガン、膵ガン、子宮頚ガン、子宮体ガン、乳ガン、頭頚部腫瘍、膀胱腫瘍等についての自覚的及び他覚的症状の緩解にあるとされている。

(2) 副作用(甲四、乙三六)

マイトマイシンの副作用は、血液系については、骨髄機能抑制により、白血球減少、血小板減少、出血、貧血等が現れ、消化器系においては、食欲不振、悪心、嘔吐、その他、全身倦怠感が現れ、まれに肝、腎障害が生じる。

(3) 投与方法・投与量と副作用の関係(甲四、乙一一、三〇、三六、三八)

マイトマイシンの投与方法としては、注射用剤では、間歇投与として、一日四ないし六ミリグラムを週一ないし二回静脈注射する方法と、大量間歇投与として、一日一〇ないし三〇ミリグラムを一ないし三週間以上の間隔で静脈注射する方法がある。さらに、手術後二〇ミリグラム、手術翌日一〇ミリグラム投与する方法も行われている(大量短期投与)。

マイトマイシンの自覚的副作用は少なく、出現しても他の薬剤と同じように投与の比較的初期に出現することが多い。しかし、投与の中止によりすぐ消失して、後に障害を残さない。一方、骨髄機能抑制等の他覚的副作用は、投与総量がある程度以上になると漸次出現し、その後は投与量の増大とともに直線的に増加していく。

間歇投与、大量間歇投与といった投与方法の間で、有効率、自・他覚的副作用、効果出現までの投与総量、白血球及び血小板減少までの投与総量に著差は認められず、総投与量が三〇ミリグラムを超えないと、骨髄機能抑制はまず見られない。また、最低有効投与総量は、症例により異なるが、胃ガンでは少なくとも二〇ミリグラムを超える必要があり(三〇ミリグラムを超える必要があるとするものもある。)、その後さらに投与を継続して、骨髄機能抑制、その他の臓器障害が生じるまで、十分な量、十分な期間投与する必要があるとされる。

マイトマイシン投与後の白血球数減少、血小板数減少の平均値は、六ミリグラム週二回又は一〇ミリグラム週一回の投与(間歇投与)を行った場合に、四ないし五週後に最低値となる。また、手術当日二〇ミリグラム、翌日一〇ミリグラム投与(大量短期投与)を行った場合には、白血球数は、術後一週に増加して、その後漸次減少し、四ないし九週にかけてもっとも低下し、その後回復に向かう。血小板数については、三ないし四週に低下が見られる。また、白血球数三〇〇〇以下、血小板数七万以下、赤血球三〇〇万以下の異常値出現頻度は、二ないし五週で最大値となる。

(4) 投薬時の検査間隔(乙三〇、三五の一、二、乙三六)

マイトマイシンは、前記のとおりの副作用が発生することがあるので、定期的に検査を行うなど観察を十分に行い、異常が認められた場合には、減量、休薬等の適切な処置を行う必要がある。末梢血検査の間隔は、副作用と総投与量の関係からして、投与の経過中は、週に一回ぐらい、投与総量が三〇ミリグラムを超えた場合には、週二ないし三回しなければならないとされ、特段の異変がある場合には、右検査頻度を増やすべきとされている。そして、白血球数が三〇〇〇又は血小板数が七万を切った段階で投与を中止すべきとされている。

なお、甲一六には、少なくとも週二回血液検査をしなければならないとの記載があるが、乙三〇、三五の一、二に照らし採用できない。

(5) 副作用に対する治療(甲一〇、乙三一、三八、四〇、四一、五〇の一、二)

抗ガン剤の副作用についての評価基準としては、別表2記載のものがあり、これによれば、白血球数が四〇〇〇未満三〇〇〇以上又は血小板数が一〇万未満七万五〇〇〇以上であれば、軽微な副作用とされる。なお、成人の正常な者の白血球数は、六〇〇〇から七五〇〇の間であるが、三〇〇〇台での健常者も存在する。また、白血球を構成する顆粒球のうち、感染防御力に深く関連する好中球は、一五〇〇以上であれば抵抗力が正常範囲とされる。他方、成人の正常な者の血小板数は、一五万ないし四〇万である。

抗ガン剤の副作用に対する治療としては、まず、白血球数減少に対しては、そのピーク時期を前記(3)の最低値の時期をもとに予測し、発熱があれば、直ちに抗生物質を投入する。また、血小板数減少に対しては、血小板輸血が最上の手段であり、固形ガンの場合は、通常、血小板数が三万以下となったときに、直ちに血小板輸血を開始する。

(三) アドリアマイシン及び5FUの骨髄機能抑制の副作用(甲四、一四、三〇、乙三八)

アドリアマイシンは、四〇ないし六〇ミリグラムを一日に投与した場合、一〇ないし一四日後に、白血球数及び血小板数が最低値になり、回復に七ないし一〇日必要となる。

5FUについても、骨髄機能抑制が生じうるが、白血球数は一般的に軽度であり、血小板の減少が生じることは稀である。

2  争点についての判断

(一) マイトマイシン投与の必要性について

前記前提となる事実でみたとおり、亡花子には、一つの体に乳ガンと大腸ガンという二つのガンが同時期に発生しており、その年齢からみて、同女は、一般的に治療成績が劣悪といわれている若年性に近い同時性重複ガンであったということができ、また、同女の大腸ガンは、易出血性のガンであるうえ、広範囲浸潤型でかつ中等度分化腺ガンであり、浸潤によるガンの転移の可能性があり、また、リンパ節転移はなかったものの、術中の機械的操作によるガン散布を含め、血行性転移等により、すでに全身にガン細胞が波及している可能性も相当程度疑われる状態にあったものと認められ、以上のような状況と前記前提となる事実中の亡花子の治療経過及び前記第三、一1でみた各事実とに照らせば、亡花子に対しては、大腸ガン手術後に強化療法として抗ガン剤を投与すべき高度の必要性があったというべきである。

(二) 本件投与前に血液検査をしなかったことについて

(1) 本件において、小坂医師が、平成元年八月二一日の血液検査の後、同月二八日まで血液検査をせず、その間の本件投与直前である同月二四日には、血液検査をしなかったことは当事者間に争いがない。

(2) 前記認定のとおり、マイトマイシンは、患者一人あたり総投与量三〇ミリグラムを境にして、副作用の発生に有意な差があり、それ未満の投与量では週一回の、それ以上の投与量では週二ないし三回の検査をすべきとされているが、特段の異変がある場合には、右検査頻度を増やすべきとされている。前記前提となる事実のとおり、本件においては、二四日の本件投与前までの段階での亡花子に対するマイトマイシンの総投与量は一〇ミリグラムに過ぎなかったところ、右同日、亡花子には、自覚症状として吐き気があり、これより前の同月二一日には他覚症状として白血球及び血小板の減少が生じていたことが認められる。そこで、これらの症状の変化が右で述べた異変にあたるか否か検討する。

一般に、マイトマイシン投与後の吐き気については、前記第三、一1(二)(3)のとおり、その副作用として比較的早期に出現することが多く、投与を中止すれば通常吐き気はおさまり、後に障害を残さないと認められ、したがって、これを医療上重視することは相当でない。次に、同月二一日の白血球数四三〇〇は、正常人の平均からすれば低いものといえるが、前記前提となる事実(2(四))のとおり、元来亡花子の白血球数は、低いうえ、一般に白血球は、手術後一旦上昇し、その後下降する傾向にあるから、手術後の白血球数の下降のみをもって直ちに異常ということはできず、また、感染症の関係で問題となる好中球は、同月二一日の段階で三九一三であり、副作用として問題視すべき数値ではなかったものと認められる。さらに、右同日の血小板数七万八〇〇〇という数値も前記第三、一1(二)(5)のとおり、その減少の程度は抗ガン剤の副作用としては軽微といえるものであったと認められる。そして、前記前提となる事実のとおり、亡花子は、マイトマイシンの第一回目投与後、数日間の血液検査の結果では、血小板数が七万八〇〇〇程度で安定しており、同月二一日には、飲水が許可され、同月二三日には、流動食が開始されているのであって、右当時、その他特段の異変というべき症状は認められない。

しかも、一般にマイトマイシン投与後の白血球数及び血小板数の最低値が現れるまでの期間は、通常、四週間とされ、これに対する治療は、右最低値の発現時期の予測をもとに開始すべきとされている(前記第三、一1(二))が、本件投与がなされた同月二四日の段階では、亡花子は、一回目の投与から一週間しか経過していなかった。

(3)  以上の事実と前記前提となる事実中の治療経過、前記第三、一1の各事実及び同2の事実を総合判断すると、マイトマイシンの総投与量が一〇ミリグラムであった本件投与前の段階において週一回の血液検査を施行したことは当時の医療水準にしたがったものと認められ、また、同月二四日当時、亡花子に血液検査の頻度を増やすべき特段の異変を見いだすことができないことは前記のとおりであるから、小坂医師において、同日までに、亡花子に骨髄機能抑制が発生し、血小板数又は白血球数が投薬を中止すべき程度まで著しく減少していることを予測するのは困難であったというべきである。そうすると、小坂医師が同年八月二一日の段階で一週間後に血液検査を行うことにし、同月二四日の本件投与を前に血液検査を施行しなかったことについては、医師としての裁量権の行使に逸脱があったということはできず、同医師に過失はないというべきであるから、原告らの主張は理由がない。

なお、証人福島雅典は、術後にマイトマイシンを使用して血小板数が一〇万を切った場合には、マイトマイシン投与前に抹消血の検査をすべきであると供述するが、前記認定の抗ガン剤の副作用の程度及び発現時の対処法(別表2)並びにマイトマイシン投与後の血小板数及び白血球数の減少までの日数の平均値、本件におけるマイトマイシンの投与量に照らせば、右証言のような検査の実施が本件当時において医療水準となっていたということはできず、右証言をもって、前記認定を左右するものということはできない。

(4)  また、原告らは、同月二一日の段階で白血球数及び血小板数の減少が生じており、これは、アドリアマイシン及び5FUといった抗ガン剤の投与による副作用であって、今後、マイトマイシンの投与により、急速にその副作用が助長されるおそれがあったから、今後の白血球数等の減少を予想して、血液検査を実施すべきであったと主張する。

しかし、右同日の亡花子の白血球数及び好中球数は前記のとおりであり、副作用として特段に問題とする程度ではなく、血小板数の減少も軽微な副作用に止まっていたものというべきである。さらに、前記第三、一1(三)のとおり、5FUによる骨髄機能抑制はまれにしか生じないものであり、アドリアマイシンについては、四〇ないし六〇ミリグラムの投与の場合一〇ないし一四日で多くは白血球数及び血小板数が最低値になり、回復に七ないし一〇日を必要とするものであって、本件の場合、その投与がなされたのは同年六月六日で(前記第二、一2(一))本件投与の二カ月以上も前であるから、アドリアマイシンの投与と同年八月二一日の白血球数及び血小板数の減少とは関係がないといわざるを得ない。したがって、右各抗ガン剤の投与の事実と大腸ガン手術後の白血球数及び血小板数の推移からして、同月二四日までの三日間に白血球数及び血小板数の各数値が急激に減少すると予見することは困難であるから、同日に血液検査をすべきであったということはできない。

二  争点2(抗ガン剤投与についての説明義務違反の有無について)

1  争いのない事実並びに証拠(証拠は事実の冒頭に掲記した。)及び弁論の全趣旨により認められる小坂医師の亡花子及び原告太郎に対する亡花子の治療についての説明内容

(一) 小坂医師の説明内容(乙一、二、証人小坂昭夫【第一回】、原告太郎本人)

小坂医師は、平成元年五月二七日、乳ガンの手術に先立ち、亡花子と原告太郎に対し同女の乳ガンは約二センチであり、第二期(中期)の乳ガンであること、乳房を摘出するが、乳頭は残す手術をすること、右手術後、化学療法として抗ガン剤を投与すること、ホルモン剤の投与をする必要もあること、抗ガン剤の投与により骨髄障害、消化器症状が生ずることがあることなどの説明をした。これに対し、原告太郎は、抗ガン剤の投与により脱毛があるかと質問し、小坂医師は、大丈夫である旨の説明をした。

また、大腸ガンについては、同年七月二六日、原告太郎に対して、乳ガンに関しては問題ないが、肛門出血があるのでレントゲン検査等を実施したところピンポン大のこぶがあり、易出血性のものであること、顕微鏡で見ているが、ポリープ又はガンのどちらかであり、七割は悪いもので、全く種類の違うガンができた二重のガンであること、本人(亡花子)へは慎重に話していくこと、出血しやすいのでなるべく早く手術したいこと、手術しなければ三か月で転移すること、抗ガン剤の投与をすることなどをそれぞれ説明した。

そして、同年八月六日には、亡花子に対し、肛門から五センチのところの直腸にポリープができていて前ガン状態であるため取った方がよいこと、かなり大きく取らなければならないため人工肛門にしなければならないことを説明した。

さらに、同月一五日、亡花子と原告太郎に対し、マイルズ(大腸ガン摘出)の手術を明日行うこと、卵管結束の希望があるようであるが、女性ホルモンを下げるために卵巣はとった方が良いこと、しかし、取る取らないは、本人の意思に任せることなどを説明した。これに対し、亡花子は、卵巣の摘出を希望したため、小坂医師は、卵巣の摘出とマイルズを行うとの返答をした。

なお、原告太郎は、小坂医師からガンについての説明はあったが、抗ガン剤の副作用についての説明は全くなく、原告太郎の脱毛があるかとの問いに対しても、「ありません」と答えたのみであったと供述する。しかし、原告太郎の抗ガン剤の説明についての供述内容は曖昧であるうえ、原告太郎自身、抗ガン剤の副作用について手術前から関心を持っており(甲三〇)、自ら抗ガン剤の副作用について医師に問い合わせたりしていることなどに照らすと、右供述はにわかに措信できない。

(二) マイトマイシンの副作用及び投与方法(甲二〇の二、乙三〇、証人小坂昭夫、証人福島雅典)

マイトマイシンは、投与方法を問わず、総投与量が一定程度になると副作用を生じ、投与量三〇ミリグラムで、副作用の発生に有意の差が生じるもので、一〇ミリグラム+一〇ミリグラムの投与は、用量、方法を含めてわが国において広く外科医が行っている治療の範囲内のものであり、一応はその安全性が確立されている。そして、小坂医師が亡花子に投与した抗ガン剤マイトマイシンは、同年八月一七日、一〇ミリグラム、同月二四日、一〇ミリグラムであったことは前記のとおりである。

2  争点についての判断

一般に、医師は、診療契約上、患者に対し、手術などの医学的侵襲行為を患者の身体にするにあたり、患者の承諾を得る前提として、診断に基づく病状やこれに対する治療方法及びその必要性、危険性等について説明をする義務を負っているが、その説明の程度は、侵襲の危険性の程度により変化するものというべきである。ところで、前記認定のとおり、本件で小坂医師は、乳ガンの手術の前に、亡花子及び原告太郎に対し、抗ガン剤の投与により骨髄障害、消化器症状が生ずることがあるとの説明をし、さらに、大腸ガンの手術の前には、原告太郎に対し、二重のガンであることや摘出手術後の治療として抗ガン剤投与が有効かつ必要であることなどを説明したこと、他方で、本件で投与されたマイトマイシンの投与量、投与方法は、一般に外科医が用いている範囲内のものであり、かつ、その安全性も一応確立されているものであって、その総投与量からしても、重篤な副作用は予想されていないことがそれぞれ認められる。

したがって、本件において、小坂医師が亡花子に対し抗ガン剤を投与するにあたり説明義務を尽くさなかったとする原告らの主張は採用できない。もっとも、右の説明の際に小坂医師は、具体的な薬品名、投与量、投与方法等の説明をしていないが、既にみたとおり、本件のマイトマイシンの投与は、外科医が通常用いるものであり、その投与量も、重篤な副作用が生じる程度とまではいえないのであり、説明内容が右の点を欠いていたことをもって、本件マイトマイシンの投与にあたり必要とされる説明を欠いていたとまではいうことができない。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中由子 裁判官田中治 裁判官松葉佐隆之)

別表

1 血液検査結果等一覧表 (日付はいずれも平成元年)

月日

白血球数

(好中球数)

血小板数

治療経過等

抗ガン剤投与、

新鮮血・濃厚血小板輸血等

5.23

本件病院を受診

26

乳ガンと診断

27

3600

(2340)

19万1000

29

本件病院に入院

6. 5

乳ガン手術

6

6400

(5632)

15万1000

アドリアマイシン0ミリグラム

19

2700

(1512)

16万0000

5FU200ミリグラム

7. 5

皮膚欠損部に下腹部の皮膚を移植

↓ 連日

3200

(2304)

14万6000

24

直腸にボールマン2型様の腫瘤を発見

25

3900

(2886)

15万0000

26

8. 3

4000

(1680)

13万2000

直腸ガンと診断

8

3600

(2628)

13万7000

15

5FU200ミリグラム

16

2900

(手術前)

9万2000

(同)

直腸ガン手術

6600

(手術後)

11万0000

(同)

17

7800

(6084)

9万0000

MMC10ミリグラム※

18

6000

(5100)

7万7000

19

5000

(4500)

7万8000

20

吐き気を訴えはじめる

21

4300

(3913)

7万8000

飲水を開始

23

流動食開始

24

MMC10ミリグラム※

26

3分がゆを食べるようになる

28

1300

(715)

3万3000

ふらつきなくトイレに歩行できる。血尿

29

2400

(1224)

2万9000

口内炎、食事摂取量減少

30

1600

(928)

1万8000

31

2000

1万9000

新鮮血2P濃厚血小板30P

9. 1

1900

7万3000

新鮮血2P濃厚血小板30P

3

800

5万3000

5

1800

7000

新鮮血1P濃厚血小板30P

6

900

6万7000

血尿

新鮮血1P濃厚血小板30P

1300

(637)

3万7000

7

1500

(750)

3万0000

血尿

新鮮血1P

8

1500

(690)

6000

エコーにて脾腫※腹水、肝腫※。血尿

濃厚血小板30P

1100

(血小板輸血後)

6万8000

(同)

骨髄穿刺施行

9

1500

(675)

2万6000

腹痛を訴えはじめる

濃厚血小板30P

10

1600

2万6000

エコーにて腹水。腹部膨満。

11

2200

(1350)

5000

濃厚血小板30P

12

2200

(1210)

3万7000

エコーにて肝腫、脾腫、腹水。

腹部膨満、肝機能悪化

14

2200

(1496)

4万8000

15

肝不全、黄疸等著明

16

3100

8000

濃厚血小板7P

18

800

2万8000

濃厚血小板20P

19

死亡

※ MMC=マイトマイシンC、P=パック、脾腫=脾臓腫大、肝腫=肝臓腫大

別表

2 抗ガン剤の副作用について

(固形がん化学療法効果増強の判定基準より  昭和61年日本癌治療学会)

グレード

0

1

2

3

4

項目

血液 (成人)

白血球 (×103/ml)

4.0以上

3.9~3.0

2.9~2.0

1.9~1.0

0.9以下

好中球 (×103/ml)

2.0以上

1.9~1.5

1.4~1.0

0.9~0.5

0.5以下

血小板 (×103/ml)

100以上

99~70

69~50

49~30

29以下

(古江尚医師による副作用の程度の定義並びに発現時の対処法)

グレード0:副作用がまったくない。

グレード1:副作用はあるが、軽度で副作用に対する治療を必要としない。

グレード2:軽度の副作用があって治療を必要とするが、抗ガン剤の投与は続けられる。

グレード3:副作用が強く、副作用に対する治療を必要とするし、抗ガン剤の投与も一時中止するか、減量する。

グレード4:副作用のために抗ガン剤の投与はただちに中止して、副作用に対する十分な治療をしなければならない。

(中島聰總医師による発現時の対処法)

グレード1以下:投与は差し支えない。

グレード2   :慎重投与(場合によっては減量、あるいは中止)

グレード3以上:投与中止

(医薬品等の副作用の重篤度分類基準より 平成4年厚生省)

グレード

1

2

3

項目

血液(成人)

白血球(×103/ml)

4.0未満~3.0以上

3.0未満~2.0以上

2.0未満

血小板(×103/ml)

100未満~70以上

75未満~50以上

50未満

副作用の程度

グレード1:軽微な副作用と考えられるもの。

グレード2:重篤な副作用ではないが、軽微な副作用でもないもの。

グレード3:重篤な副作用と考えられるもの。すなわち、患者の体質や発現時の状態等によっては、

死亡又は日常生活に支障をきたす程度の永続的な機能不全に陥るおそれのあるもの。

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